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東京高等裁判所 昭和48年(ネ)2186号 判決

控訴人

光正企業株式会社

右代表者

石川壬子郎

右訴訟代理人

音喜多賢次

被控訴人

右代表者法務大臣

倉石忠雄

右指定代理人

竹内康尋

中山哲一

主文

一  原判決を左のとおり変更する。

1  被控訴人は控訴人に対し金一八〇万円及びこれに対する昭和四四年九月一二日から右支払済にいたるまでの年五分の割合による金員を支払え。

2  控訴人のその余の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを五分し、その三を被控訴人の負担とし、その余を控訴人の負担とする。

事実

控訴人は、「原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し金二五〇万円及びこれに対する昭和四四年九月一二日から右支払済にいたるまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は、「控訴棄却」の判決を求めた。

控訴人は本件請求原因として次のとおり述べた。

(請求原因)

一  本判決添付目録記載の第一の建物(以下第一建物という)は、もともと訴外磯野雅一(以下磯野という)が、昭和四〇年四月頃同目録記載の所在場所(川口市青木町四丁目三一四番地三)において新築し、磯野の所有に属するものであるが、磯野は自己においてこれを担保として他から金融を受けるため、その借受のあつせんをし、借受名義人になることを承諾した訴外塙光吉(以下塙という)の同意をえたうえ、塙名義をもつて、第一建物につき、前記真正な所在場所と異なる川口市青木町四丁目一六七番地をその所在場所として、昭和四〇年五月六日、浦和地方法務局川口出張所に建物表示登記申請をし、同月一三日同申請どおりの建物表示登記をえ、ついでこの建物につき同月一七日付で塙名義の所有権保存登記を経由した。

第一建物の敷地三〇坪については、磯野はもともとこれにつき建物所有を目的とする賃借権者であつたが、右のとおり金融を受けるために右賃借権についてもりその権利者を塙名義に改めることにし、昭和四〇年三月三一日付で地主たる淤見チヨと塙との間に右敷地につき建物所有を目的とする賃貸借契約を成立させた。

二  右のように磯野に金融をえさせるため、塙は磯野との合意に基づき自己名義で昭和四〇年六月九目頃控訴人から金一〇〇万円を借り受け、同時に、控訴人との間で右債務を担保するため、第一建物につき抵当権を設定し、債務不履行の場合の代物弁済の予約をした。また、右の債務担保については、右担保権が実行され、右建物が第三者の所有になつた場合には、その第三者に対し、右建物の敷地三〇坪につき地主たる前記チヨにおいて塙におけると同一の条件をもつてこれを賃貸する旨の賃借権譲渡についてのチヨの事前の承諾がその頃なされた。

三  しかるに、塙は右債務を弁済することができなかつたので、磯野と合意のうえ右債務の代物弁済の実質において昭和四〇年八月五日頃控訴人に対し対価を一〇〇万円とし、第一建物の所有権及びこれの敷地三〇坪についての建物所有目的の賃借権を譲渡した。そして、同月六日付で第一建物につき塙から控訴人に対し所有権移転登記が経由された。

四  控訴人は、第一建物及び右賃借権を譲受けた当時、磯野と塙との内部関係を知らなかつたものであるから、磯野は右の譲渡の無効を控訴人に対抗できない関係にあり(民法第九四条第二項の適用又は準用)、また塙は磯野から各権利の名義及びその処分権能を与えられ、かつ、磯野のためになすことを示さずして自己の名において前記譲渡行為をしたのであるから、いずれにしても控訴人は第一建物の所有権及び右賃貸借権を取得した。

仮に塙が自己の真実の権利に基づき右の譲渡をしたとしても、右権利は塙が原始的に取得したものではなくして磯野から承継取得したものであり、かつ、控訴人が右各権利を取得したことは右と同様である。

五  ところで、第一建物の表示登記については、前記のとおり、右建物の所在場所の地番の記載に誤りがあるが、これは管轄登記所たる浦和地方法務局川口出張所の登記官が右表示登記の申請の誤りを看過して申請どおりの表示登記をしたため生じたものであり、ついで、そのまま右建物につき塙名義の所有権保存登記が経由されたことは前記のとおりである。

六  磯野は、昭和四一年一二月頃第一建物を増築し、この増築後の建物全体は本判決添付目録記載の第二の建物(以下第二建物という)となつたが、磯野は第二建物につき、同人の内縁の妻たる訴外福島佐代子(以下福島という)の名義をもつて、かつ、実際は右のとおり増築したものであるのに、昭和四二年一月二五日にこれを新築したものとして、同年二月一〇日前記管轄法務局出張所に所在場所を川口市青木町四丁目三一四番地三、三一五番地三として建物表示登記申請をし、同月一六日右申請どおりの建物表示登記(同目録の第二記載のとおり)をえ、ついで、同月二四日に福島名義の所有権保存登記を経由した。そして、磯野は昭和四二年九月二六日福島名義の第二建物を訴外佐々木政雄に売渡し、翌二七日この旨の所有権移転登記が経由された。

七  右のとおり、第一建物は登記簿上の所在地番の記載には前記の誤りがあるけれども、前記の増築部分は第一建物に附合した。仮に附合していないとしても第二建物の一部は第一建物としてすでに登記済みのものであるから、第二建物全体ないしは第二建物のうち第一建物相当部分については二重登記としてこれに対する登記は許されない。したがつて、第二建物についての建物表示及び所有権保存の各登記申請は違法として却下されるべきものであつた。しかるに、前記のとおり登記官は、第一建物につきその所在地番を誤つて建物表示及び所有権保存の各登記をなし、ついで、第二建物についての登記申請がその全部又は一部について二重登記となることを看過してその申請どおりの建物表示及び所有権保存の各登記をなし、しかも、昭和四三年八月一六日にいたり第一建物の「不存在」を理由として、職権で第一建物の登記につき抹消登記をし、その登記簿を閉鎖した。

八  右の経緯により、控訴人と訴外佐々木とは、第一建物につき磯野の二重譲渡の両譲受人の関係にたつたところ、控訴人が塙を通じて取得した第一建物の控訴人の所有権取得登記と、佐々木が福島を通じて取得した第二建物の佐々木の所有権取得登記とは、二重登記であり、これらが併存する場合には、一般に後になされた登記が無効とされるべきであるが、所地在番に誤りのある第一建物の登記が右建物の不存在を理由として抹消され、これの登記簿が閉鎖された以上、第二建物の登記が実体に符合する有効なものとなるから、控訴人は第一建物ないしは第二建物につき、佐々木に対し同人に先行する自己の所有権取得を対抗できず、また、右建物につき控訴人が改めて正しい所在地番をもつて建物表示、所有権保存、所有権取得等の登記の回復をうけることも更に二重登記となるため不可能となつた。したがつて、控訴人は第二建物につきその実体に符合する登記を有する佐々木に対し自己の所有権取得を対抗することができなくなつた。以上により、控訴人が第一建物に対する所有権を喪失したことは明らかである。

なお、被控訴人は、本件においては右のような二重譲渡の関係はなりたたないと主張するが、これは動産譲渡と不動産譲渡との差異を無視する議論であつて当を得ない。

九  第一建物の敷地については、磯野は昭和四一年一一月九日淤見チヨ、同信一らから売買によりその所有権を取得し、福島名義をもつて翌一〇日にその旨の登記を経由したが、その後昭和四二年一月一七日に訴外李鐘奎に売渡され(その旨の登記は翌一八日付)、同月二三日に訴外太田繁美に売渡され(その旨の登記は同月二六日付)、同年三月一三日に福島名義において磯野に売渡され(その旨の登記は同月一六日付)、ついで前記のように第二建物とともに同年九月二六日に訴外佐々木政雄に売渡され、その旨の登記の翌二七日に経由された。

控訴人が昭和四〇年八月五日頃右敷地三〇坪の賃借権を譲受けたことは前記のとおりであるが、控訴人は前記のとおり地上の第一建物の所有権を失つたので、その後右敷地の所有権を取得した佐々木らに右賃借権をもつて対抗しえなくなり、結局これを喪失した。

仮に右チヨと塙及びその承継人である控訴人との間の賃貸借の成立に瑕疵があると認められるにしても、磯野は、右のように右敷地の所有者であつた昭和四一年一二月二二日頃、福島名義をもつて控訴人の右敷地に対する賃借権を承認して、以後控訴人にこれを賃貸したのであるから、少なくともこのとき右瑕疵は治癒され控訴人は適法な賃借権者となつたが、前同様の理由で控訴人は右賃借権を喪失した。

一〇  控訴人の蒙つた損害については、原判決摘示の請求原因四項に記載されているとおりであるから、これをここに引用する。

一一  本件登記官の過失については同請求原因五項に記載されているとおりであるからこれをここに引用する。

一二  よつて、控訴人は被控訴人に対し損害賠償金二五〇万円とこれに対する本件訴状送達の翌日から右支払ずみにいたるまでの民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。〈以下、事実省略〉

理由

一〈証拠〉を総合すると、本件請求原因一、二、三の各事実を充分に認定することができ(右各事実中第一建物につき控訴人主張のような登記申請がなされ、その主張のような登記が経由されたことはいずれも当事者間に争いがなく、塙光吉名義でなされた行為はその父塙吉之助が光吉を代理してしたものであり、また、控訴人から借受けた金一〇〇万円の契約書上の借受名義人は右吉之助とされた。)、この認定を覆えすに足りる証拠はない。

また、〈証拠〉によると、第一建物が建てられる以前にはその所在場所に磯野所有の木造平家建居宅(登記簿上同所青木町四丁目三一四番地所在)があり、これに磯野が居住していたのであるが、右居宅が著しく老朽化したので、磯野においてこれを取毀し、第一建物を新築したこと、この取毀、新築に当り、磯野は右新築の費用等にあてるため第一建物を担保にして他から金融をえようとし、金融をうるためには金融機関に信用のある塙名義にした方がよいと塙光吉の父塙吉之助から言われたので、これらの家屋の所有権、その敷地の賃借権を塙光吉(以下塙という)に移転する意思がないのに塙父子の承諾をえて、昭和四〇年五月頃取毀すべき右木造平家建居宅の登記簿上の所有名義を自己から塙に変更するとともに、新築にかかる第一建物の登記簿上の所有名義を全て塙とし、かつその敷地三〇坪の賃借権の名義も自己から塙名義に変更したこと、塙が控訴人から借受けた本件一〇〇万円(尤も、磯野は塙父子の承諾をえてこの一〇〇万円の契約書上の借受名義人及びこれを担保するため第一建物に設定した抵当権についての登記簿上の債務者名義をいずれも右吉之助とした)についても磯野においてこれを収得し、右新築の費用等に費消していること、第一建物新築後磯野は直ちにこれに居住し始め、その敷地についても塙名義をもつて引続き淤見チヨらから賃借し、使用していること、塙側においても新築の第一建物の所有者は磯野であり、同建物の所有名義、敷地の賃借人名義が塙であるのは、前記のとおり磯野が金融を受ける便宜のため名義を貸したに過ぎないと考えていたこと、以上を認定することができ、これを左右するに足りる証拠はない。

更に〈証拠〉によると、昭和四〇年六月当時右敷地三〇坪は右淤見チヨと淤見信一の共有のものであつたが、磯野と淤見チヨ、同信一とは親族関係にあること、同信一は昭和四〇年一〇月六日同チヨから同女の右敷地の共有持分の全部移転をうけたうえ、昭和四一年一一月九日右敷地を福島名義をもつて磯野に対し売渡していることが認められ、以上の事実及び本件弁論の全趣旨からすると、控訴人主張の同人が右敷地に対する本件賃借権を譲受けるについての事前の承諾は昭和四〇年六月九日頃右チヨのみならず信一においてもこれをなしたことを十分に推認することができ、これに反する証拠はない。

二以上の事実からすると、第一建物の所有権とこれの敷地三〇坪の賃借権は磯野に属するものであつたところ、磯野と塙とは合意のうえ(すなわち磯野は自己に属するものを塙の名義で他に譲渡することを塙に委任し、塙がこれを承諾したうえ)、昭和四〇年八月五日頃控訴人にこれの譲渡(代物弁済)をしたものであるから、控訴人は右譲渡により同建物の所有権及び右賃借権を有効に取得したものというべきである(付言すれば、磯野は前記認定のとおり右譲渡物件の各名義を塙にしておいたものであるから、仮に磯野の意思に基づかずして塙が右譲渡をしたとしても、控訴人が善意であるかぎり、磯野は民法第九四条第二項の類推適用により右譲渡の無効を控訴人に対抗できない関係にあるものである。)。

被控訴人は、第一建物の原始取得者は塙であり、そうでなくても塙は同建物の原始取得者たる建築工事請負人から同建物の所有権を承継取得したものであると主張するが、同建物を建築した磯野がこれの原始取得者であり塙はこれの所有名義人にすぎないことは前認定のとおりであるから、右主張及びこれを前提とする被控訴人の主張は理由がない。

また、被控訴人は磯野が同建物を原始取得したとすれば、塙は他人の物を譲渡したことになり、塙において同建物の所有権を取得しないかぎり控訴人においても右所有権を取得しないと主張するが、控訴人において同建物の所有権を取得した経緯は前認定のとおりであるから、被控訴人の右主張も失当である。

三前掲各証拠によると、本件請求原因五、六の事実を認定することができ(尤も、第二建物について控訴人主張のような建物表示、所有権保存、所有権移転の各登記が経由されたことは当事者間に争いがない)、これを覆えすに足りる証拠はない。

また、右各証拠によると、磯野は第一建物を増築して第二建物としたものであるが、第一建物の増築部分は、構造上建物としての独立性を欠き、機能上も独立の用途に供しえないもので、第一建物と一体となつて利用され取引されるべき状態にあると認められるから、右増築部分は第一建物に附合したというべきであり(現在第一建物と第二建物とが一個の建物になつていることは当事者間に争いがない)、昭和四三年八月一六日に管轄登記所登記官が控訴人主張のとおり第一建物についての登記を職権抹消登記し、その登記簿を閉鎖したことは当事者間に争いがない。

右認定、説示の事実からすると、第二建物は第一建物が増築されたものであるから、この増築を理由として第一建物の建物表示変更登記をすることにより第二建物についての登記をなすべきであり、第二建物について新たに登記をなすことは同一建物についての二重登記となりその許されないことは明らかであるのに、右登記官は第一建物につき所在地番の記載を誤つた登記が存在するのを看過し、重ねて第二建物につきその申請どおりの表示登記、所有権保存登記をなし、その後昭和四三年八月一六日第一建物についての登記を同建物不存在を理由に全て職権で抹消登記し、右登記簿を閉鎖したことが明らかである。なお、前記各証拠によれば、控訴人は昭和四三年八月第一建物につき所在地番の更正登記の申請が却下されたこと及び同建物の登記が職権で抹消されたことに対し浦和地方法務局長に審査請求をしたが、同年一二月二六日右請求は棄却されたことが認められる。

四右認定、説示の経緯からすると、控訴人と佐々木とは第一建物、即ちこれが増築された第二建物につき二重譲受人の関係にたち、また第一建物の登記と第二建物の登記とは同一建物についての二重登記の関係にあり、したがつて、第一建物についての控訴人の前記所有権取得登記と第二建物についての佐々木の所有権取得登記も重複登記の関係にたつというべきところ、これらの二重登記、重複登記についての効力、優劣については検討すべき問題を含むものではあるが、前記のとおり所在地番の記載が事実と符合しない第一建物についての登記が存在しない建物についてのものとして全て職権抹消登記され、回復する余地がなくなり、第二建物につき控訴人が別途登記を受けることも不可能となつた以上、爾後は第二建物についての登記が実体に符合する唯一の有効な登記となつたものとみるべきであるから、右の職権抹消登記の後に右登記に基づいて第二建物を佐々木から譲受け、その旨の所有権移転登記を経由した佐々木の承継人ら(〈証拠〉によると、第二建物は佐々木から昭和四五年三月一一日に訴外小野保男に譲渡され((その所有権移転登記は同月一三日に経由され))、その後、訴外目良昇、訴外浜田英雄に順次譲渡され、その旨の各登記が経由されたことが認められる。)に対しては控訴人は先行した自己の所有権取得を対抗できないものと解するのが相当である。

したがつて、遅くとも右の職権抹消登記がなされた昭和四三年八月一六日に控訴人は確定的に第一建物の所有権を喪失したというべきである。

五第一建物の敷地三〇坪に対する建物所有目的の賃借権を控訴人が有効に取得したことは前記のとおりであるところ、被控訴人は賃借権自体は消滅しないと主張するが、控訴人がその地上の同建物の所有権及びその登記を失つたことが前記のとおりである以上、控訴人は右賃借権をもつて、遅くとも昭和四三年八月一六日以後に右敷地の所有権を取得した佐々木の承継人ら(〈証拠〉によると、右敷地は佐々木から昭和四五年三月一一日に訴外小野保男に売渡され((その登記は同月一三日に経由され))、その後、訴外目良昇、訴外浜田英雄に、それぞれ売渡され、その旨の各登記が経由されたことが認められる。)に対抗しえず、右敷地を使用収益しえないことは明らかであり、以上によれば、このことに関し磯野が如何なる責任を負うかは別論として、控訴人が右賃借権を喪失したことは明らかである。

六右のとおり、控訴人は第一建物の所有権右賃借権を喪失し、これにより損害を蒙つたことが明らかであるので、右損害の額について検討する。

本件賃借権の価格が金一五〇万円(坪当り金五万円で三〇坪分)であることは当事者間に争いがない。

第一建物の価格についてはこれを直接証明しうる証拠はないが、前記認定のとおり、第一建物は本件賃借権とともに金一〇〇万円の借受金債務に対し代物弁済されたものであること、前出甲第二号証の一によつて認められる昭和四〇年八月六日付の控訴人に対する所有権移転登記の原因証書とされた同建物の売渡証にはその代金が金五一万円と記載されていること、しかし本件弁論の全趣旨によると右金額には少なくとも同建物の場所的利益も加味されていると考えられること、その他右の争いのない本件賃借権の価格、前記認定の同建物の種類、構造、規模等に鑑み、昭和四三年八月一六日頃当時の同建物の価格は金三〇万円と認めるのが相当である。結局右損害は合計金一八〇万円と認めるべきである。

七次に本件管轄登記所たる浦和地方法務局川口出張所の登記官がなした第一建物についての前記建物表示登記、所有権保存登記、第二建物についての前記建物表示登記、所有権保存登記、第一建物についての登記の前記職権抹消登記につき右登記官に過失があつたかどかについて検討する。

一般に、不動産の権利に関する登記については、登記官が当事者の提出した申請書類のみに基づいて登記上の問題を審査する形式的審査主義がとられているが、不動産の表示に関する登記については登記官は登記申請書類のみならず、必要があるときは表示に関する事項につき実地調査をして登記上の問題を審査する実質的審査主義がとられ、かつ、右表示に関する登記は登記官が職権ですることもできる職権主義がとられていることは法令上(不動産登記法第四九条第一〇号、第五〇条、第二五条の二等)明らかである。

本件についてみるに、〈証拠〉によると、前記登記官は、第一建物の表示登記申請につき、その申請書類により同法第三五条、第九三条、第三六条等の要件を審査し、この要件の存在を認めたが、同建物についての建築確認通知書の添付がなかつたので、実地調査の必要を認めたこと、第一建物は前記認定のとおり所在地番同所「三一四番地三」に所在するものであり、右申請書類に同建物の所在地番として記載された同所「一六七番地」の土地は昭和二四年頃川口市がこれを買収し、現に川口市の所有で小学校敷地として使用されていること、右買収後右土地上の居住者らは同所「三一四番地」附近の土地に転居したのに、転居後もその居住地を従前の同所「一六七番地」と称することが多かつたこと、右登記官は昭和四〇年五月一二日に右の実地調査を行い、同日附近の表札を見ながら第一建物の所在場所に赴き、同建物の外部からこれの種類、構造、床面積等を調査し、その所在地番については近所の人からこれをきき、近所にでていた表札を見て、右所在地番を右申請書類記載の同所「一六七番地」と思つたこと、同登記官はこれ以上に同建物の附近の公図その他の地図、その附近の土地建物の登記簿等により右所在場所の地番を確認しなかつたこと、以上の経緯により右登記官は右申請書類の同建物の所在地番の記載の誤りに気づかず、前記のように右申請書どおり同建物につき表示登記をなしたこと、ついでこの登記を基礎として同建物につき前記所有権保存登記がなされたこと、第二建物の前記表示登記申請については、同建物の建築確認通知書、建築証明書の添付がなされていたので右登記官は実地調査の必要を認めず、申請書類のみによる審査により申請どおり前記のように第二建物の表示登記をなしたこと、さらにこの登記を基礎として同建物につき前記所有権保存登記がなされたこと、その後第一建物に関する登記につき前記のとおり建物不存在を理由としてこれの職権抹消登記がなされたこと、以上のとおり認めることができ、これに反する証拠はない。

右認定事実からすると、第一建物の表示登記につき、右登記官がその所在地番を誤認したことについてはそれ相応の事情のあることが認められるが、一方権利の客体たる不動産の現状を正しく公示し、取引の安全を期するために認められている右に説示したような登記官の実質的審査主義、職権主義の法意に鑑みるときは、右認定の登記官の審査、実地調査はなお不充分、不注意の点があるといわざるをえず、右所在地番を誤認してなされた右表示登記についてはこれをなした登記官に過失があり、結局、第一建物の表示登記は登記官の過失により違法になされたものというべきである。

第一建物の前記所有権保存登記については、前記説示の登記官の形式的審査主義、及びこれが右の表示登記を基礎としてなされたことに鑑み、これをなした登記官に前認定の過失と別個の過失を認めることはできない。

第二建物の前記表示登記については、前記三で述べたとおり右登記がなされるときは、第一建物の所在につき誤つた記載があるにしても、同建物につき既に登記がなされている以上、同一建物に対する二重登記となり、これが許されない違法なものであることはもとよりであるが、第一建物の表示登記が右のように誤つた所在地番をもつてなされている以上、右建物が増築されて、床面積を異にする建物となつた第二建物の表示登記をなすことにつきその違法性に気づくことを登記官に期待することは困難である。したがつて、第二建物の表示登記をなした登記官に過失を認めることはできず、同建物の前記所有権保存登記についても前同様前記の形式的審査主義及びこれが右の表示登記を基礎としてなされたことに鑑み、これをなした登記官に過失を認めることはできない。

第一建物に関する登記の前記職権抹消登記については、同一の第二建物につきその所在地番等につき真正な表示がなされている登記が既に存在する状況となつた以上、二重登記を解消するためにも、所在地番として表示された土地上に存在しない第一建物の登記につきこれを不存在として職権抹消登記することは止むをえない措置というべきであつて、右職権抹消登記自体については登記官に過失はない。

結局、第一建物の表示登記が登記官の過失によつて違法になされ、その結果、その他の前記各登記が順次なされるにいたつたとみるべきである。

八前認定、説示の事実及び本件弁論の全趣旨によると、控訴人が、登記官の過失により違法になされた第一建物の表示登記、及びこれを基礎とする同建物の所有権保存登記を誤りないものと信じて同建物及びその敷地三〇坪の前記賃借権を取得したこと、控訴人においてこれらの登記が職権抹消登記されることを知つていたならば、貸金の代物弁済としてこれらを取得することはなく、控訴人の前記損害も発生しなかつたであろうことを認めるに充分であり、したがつて、登記官の過失ある違法行為と控訴人の損害との間に相当因果関係があるというべきである。

被控訴人は、右損害の発生は磯野の計画的行為に基因するものというべきであつて、本件登記官の登記の過誤と相当因果関係がない、と主張する。磯野が第一建物の前記表示登記申請をするにつき同人に被控訴人主張のような故意があつたことを確認すべき証拠はないが、前掲各証拠によると、第二建物の前記表示登記申請については磯野において第一建物の表示登記が誤つてなされているのを奇貨として右申請をなしたことを窺知することができ、この点で同人の行為が控訴人の本件損害の発生の一因をなしていることは否定しえない。しかしながら、前認定のように登記官の過失により第一建物の表示登記が誤つてなされなかつたならば同人においてこの誤りに乗ずることができず、右損害も発生しなかつたことが明らかであつて、この点からみても、登記官の前記過失ある違法行為と右損害との間の相当因果関係を否定することはできない。よつて、被控訴人の右の主張の採用できない。

九被控訴人は過失相殺を主張し、控訴人には第一建物の所在地番の調査を怠つた点に過失があると主張するが、通常人が公の帳簿である建物登記簿に表示されている建物の所在場所の記載を正しいものと信じて建物に関する取引をするのは当然のことであり、本件において、第一建物の登記簿上の所在地番の記載につき、これの正しさを疑わしめるような特段の事情があつたとも認められないから、控訴人に被控訴人主張のような過失ないし落度があつたと認めることはできない。右の過失相殺の主張は採用できない。

一〇右のとおりであつて、被控訴人は国家公務員たる登記官の過失によつて違法に損害を加えられた控訴人に対し右損害金一八〇万円とこれに対する本件訴状送達の日の翌日であることが本件記録上明らかな昭和四四年九月一二日から右支払ずみにいたるまでの民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があり、これの履行を求める限度において控訴人の本訴請求は理由があり、その余の請求は失当というべきである。

一一以上の次第で、控訴人の本訴請求は一部認容すべきものであり、これと異なる原判決は変更を免れず、本件控訴は一部理由がある。

一二よつて、民事訴訟法第九六条、第九二条に従い主文のとおり判決する。

(外山四郎 海老塚和衛 鬼頭李郎)

目録

第一

所在 川口市青木町四丁目三一四番地三  (但し、登記簿上、同市青木町四丁目一六七番地)

家屋番号 一六七番

種類 居宅

構造 木造瓦葺二階建

床面積 一階八坪二合五勺

(27.27平方メートル)

二階八坪七合五勺

(28.92平方メートル)

第二

所在 川口市青木町四丁目三一四番地三、三一五番地三

家屋番号 三一四番三

種類 居宅兼店舗

構造 木造瓦葺二階建

床面積 一階69.80平方メートル

二階71.18平方メートル

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